*** 03

今まで何人の女と付き合い、また、関係を持ってきただろうか。薄らと思い出せる奴もいるし、確かにその時は愛していたはずなのに、今となっては顔も、名前すらも思い出せない奴もいる。ただし共通することは、どの女性も獄寺の心に深く根付いてはいないということだった。忘れろ、と言われればすぐに忘れられる存在。結局、獄寺にとって女というものは使って捨てる消耗品でしかなかった。それも、今までは、だが。

「どうしたの隼人不機嫌そうね。あ、いつもかしら」
「うるせーよ」

獄寺が住んでいるアパートメントの一室。合鍵をもらっているは来てもインターホンなど押さずに勝手に鍵を使って入る。今日も例によって黙って入ってくると、眉間に皺を寄せながら本を読んでいる獄寺に声をかけた。不機嫌そうな顔で本を読まなくてもいいのに、とは思う。それでもついつい笑ってしまうのは、自分を見て僅かに表情を和らげた獄寺を、確かに見たからだろうか。

「今日は芥川?ちょっと隼人、イタリアで日本文学を読むのはどうかと思うわ」
「別にいいだろ。イタリアに来たからイタリアの小説を読むなんて器用なこと俺には出来ねぇよ」
「かもね。じゃあ隼人は蜘蛛の糸をちゃんと自分と照らし合わせて読まなきゃ」
「…
どういう意味だよ」

獄寺の横に座り、下から覗き込むように獄寺を見る。その瞳は獄寺だけを映していた。

「もし私が上にいたら、隼人は他の人を蹴落としてでも上にあがろうとするでしょう?」
「…自惚れ」
「照れ隠ししても可愛いだけよ隼人」
「うるせーよ!」

声を荒げる恋人に、は笑みを零す。楽しい。少し茶化すつもりで言ったのだが、ここまで露骨に反応されると嬉しくなってしまう。それを獄寺は知っているのだろうか。

「おい、首虫に刺されてるぞ」
「ほんと?」
「ああ………ちょっと待て」

始めはただ目についたから口に出しただけの獄寺も、暫くしてそれのおかしさに気付いた。不審そうに顔を顰めて、本をテーブルの上に置いての身体を押し倒す。別段慌てなかったも、獄寺がそのままシャツのボタンを外してきた時は流石に「ちょっと、」と声をかけた。獄寺は気にせずにのボタンを2つ3つ外すと、惜し気もなく肌を露にさせる。その赤い跡が首の方だけについていることを確認し、ほっと息をついた。

「まさか浮気したとでも思ったの?」
「浮気とか思わねーよ。…じゃなくて、襲われたのかと思った。お前、今日山本の家に行ってから来るって言ってたから」
「ああ、襲われたわよ」
「っ!?」

あっさりと告げるに獄寺は動揺を隠せない。襲われた?俺のが、山本の野郎に?許せない。次第に大きくなる怒りが表面に表れたのかもしれない。は違うわ、と首を振る。

「行ったら山本武寝ててね、起こしたんだけど寝起き悪いのね、あの人。急に首に吸い付いてきたから驚いたわ。初めは首だけだったんだけど少しずつ下におりてきて遂にはボタンを外そうとするものだから、思いっきり頬をぶってやったわよ」
「…それでいい」

あの野郎。獄寺は内心毒づく。何が寝起きが悪いもんか、そんなの寝惚けたフリをしただけに決まってる。獄寺は知ってるのだ、山本が自分の恋人に思いを寄せていること。だから本当は山本の部屋になど行かせたくなかったのに電話をすれば『もう山本武の部屋の目の前よ。大丈夫、すぐそっちに行くから。何かあったら電話するわ』と勝手に電話を切るものだから、獄寺は仕方なく携帯を片手に本を読んでを待つしかなかった。不機嫌になるのも仕方がない。

「まぁそうしたら目が覚めたみたいで悪い悪いって謝ってくれたけどね」
「…もうアイツの部屋に一人では行くなよ」
「嫉妬?」
「そんなんじゃねーよ」

我慢が出来なくなって、押し倒したままのにキスをする。2回、3回、4回、キスを続ける。「はやっ、と」「喋るな。ばか」我慢出来ない、耐えられない。他の男が自分の女に手を付けるなど、もってのほかだ。誰であっても許せない。ただそれだけの想いに駆られ、獄寺はキスを続ける。好きだ。好きだ好きだ好きだ好きだ。どうしようもなく自分は彼女が好きだ。出会った時はこんな風になるなんて思いもしなかったのに、今では彼女がいなければ自分は生きていくことが出来ない。息を吸うこともままならないのだ。

「ばかやろう」

そのばかやろうの意味は分からない。自分の言葉も聞かずに山本の部屋に行ったに対してのばかやろうかもしれないし、自分の恋人であるを襲いかけた山本に対してのばかやろうかもしれないし、あるいはを好きで好きでしょうがない自分に対してのばかやろうかもしれなかった。それは言った本人である獄寺にも、分からない。