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フェンス越しから見える雨に濡れるグラウンドは嘘みたいに静かで、さっきまでここで選手達が練習の成果を発揮し熱い日差しにやられ汗をかき、観客達は思い思いの選手へエールを送っていたのが幻のようだった。天からの雨によって幻が流されたような、そんな気もする。だけどだったら何故天はもっと早くに雨を降らせなかったのだろうか。そうしてくれれば、幻も終わりまで行き着くことなんてなかった。山本がこうやって試合が終わってからもグラウンドを見つめるなんてこともなかったのに。 遠くから見るだけなので分からないけど、グラウンドの地面は雨の所為でぐしょぐしょになっている。ただでさえひどい雨だ。傘を差さないで1分立っていれば、すぐに全身がびしょ濡れになってしまうだろう。…山本は、それなのに傘も差さずに立っていた。私はそれを見つけて慌てて山本に近寄り傘にいれた。山本は私に、というよりも急に雨が止んだことに驚いたようでこっちを見て私を視界に捉えると、「ありがとな」と弱々しく笑う。それだけ言って、山本は先程と同じようにじっとグラウンドを見つめている。今しがたまで自分が立ち、そして炎天下の中ボールの投球を続けていた場所を。 山本は一体何を見ているんだろう。こんな雨だ、もちろん誰かが残っているわけもなく、試合は終わったんだから野球道具が残っているわけでもない。それでもずっと見続けている山本の瞳には、さっきの試合が見えているのかもしれないし、その試合に臨む前の練習の日々が見えているのかもしれないし、やっぱり何も見えなくて、ただ濡れている地面があるだけなのかもしれない。それは私には分からないし、知るべきことでもない。ただ私はどうしても山本を見ていられなくて、傘を差しただけ。そしてこの雨が早く止めばいいのにと、願っているだけ。 辛さは分からない。何かに熱中したことのない私にとって、勝負で負けるということはそこまで意味のある出来事じゃない。だけど山本にとってそれはきっと大事なことだったんだ。何よりも、大事なことだったんだ。私はそれが分からないけれど、でも素敵なことだとは思う。夢中になれるものがあって、悔しいと思えることがある。それは素晴らしく、恵まれたことだ。そしてその熱中しているもので負けてしまったら、やっぱり苦しいんだろう。辛いんだろう。悲しい、んだろう。 「山本」 こういう時、上手い言葉をかけられない自分がもどかしい。私はただ山本を見ながら、かっこよかった、と呟いた。そしてお疲れさま、とも。それ以外に何も言えなかった。残念だったねなんて、口が裂けても言えなかった。そんな同情だとか憐れみだとか、そういうことじゃなくて、山本が悲しんでいるのが、何よりも辛くて。 「」 だってずっと見てたんだから。山本のことを、近くから遠くから、ずっと見てたんだから。どれだけ笑顔の裏に必死の努力があったか。こうやって雨の日練習がない時だって1人でグラウンドで素振りしてたことも、毎朝ジョギングを欠かさなかったことも、全部全部知ってる。 山本の手が、傘を掴む私の手を掴んだ。何事かと山本を見てもやっぱり山本は相変わらず、ずっとグラウンドを見続けている。山本の手が僅かだけど震えていて、それを知った途端私は大声をあげて泣きたくなった。山本の代わりに、泣きたい。いいや違う、山本は既に泣いている。この雨が、今私がいるこの場所が、山本の悲しみ。 雨が止んで欲しいと思っていたけれど、それよりも気が済むまで降って欲しいと願うようになった。これが山本の悲しみなら、降って降って降って、そしていつもみたいにお日さまが照るまで、悲しみが果てるまで泣けばいい。1人で泣かれるのは嫌だけど、今山本の隣には私がいる。山本の悲しみを、私も共有できる。素敵なことだ。 傘を手放して山本の手を握り返すべきか、それともこのままにしておくべきか、私が悩んでいる間に山本はさっきまで私の手を握っていた手で私の肩を掴み、そっと抱き寄せた。傘の中なのに、雨が降りかかってきた。私はただそっと、目を瞑った。
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