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熟していない実を食べても固くて苦くて美味しくないように、まだ成長しきっていない私は固くて苦くて魅力がないのかななんて先程の場面を思い出しながら考える。終わりが近付いてきているのは分かっていたつもりだったけどタイミングが掴めていなかったというか、どうせこんなことを言いながらもいつその終わりがきたって胸は苦しくなっただろう。苦しいことがやってくることを知っていたって、本当に苦しみがきた時乗り越えられるわけじゃない。突然か、ああやっぱりと思うか、その違いだ。突然も嫌だけど心構えをしておくのはもっと辛い気がする。実際今さっきまで私はずっといつ終わりがくるのかと不安で不安で仕方がなくて、胸が締め付けられる今だって僅かに終わったという解放感があるのは否めないんだから。 屋上から外を眺めれば何だって見える。グラウンドで笑い合う男女とか、下校中の小学生とか、買い物に行ってきたであろう主婦の人とか、コンビニ前で座り込んでいる不良達とか。そんな町の人達がいつもと変わらない様子で生活をしている。だけど変わっていないわけがないのだ。あの仲睦まじく話している男女だってだんだんとお互いの気持ちが薄れていっているかもしれないし、下校中の小学生だって毎日少しずつ大きくなる。主婦の人の買い物に対する面倒臭さは日に日に大きくなるだろうし、不良達だって悪い生活を続けているうちにこれじゃいけない、と心の中では更生を始めているのかもしれない。変わらないものなんてあるはずがない。それでも私は変わらないものもあると、信じていたかった。ずっとずっと続く、終わりのない関係や、気持ちや、言葉が欲しかったんだ。 屋上の扉が開く音がする。誰でも構わないと後ろも振り向かず下を眺めていたら、「」と私の名前を呼ぶ声が聞こえた。「…綱吉」声だけ聞けば誰かすぐに分かった私は、やっぱり後ろは振り向かずに名前を呼び返す。「何やってんだよ、」呆れた、でも笑いの混じっている綱吉の変わらない声が聞こえて私は不覚にも目が潤むのを感じた。目を暫く瞑って涙を堪えてから、平静を装って声を出す。「ちょっと、疲れちゃって」綱吉はそれに対しては何も言わなかった。がしゃんという音が聞こえ、横目で綱吉がフェンスに寄りかかっていることが分かる。私はいつまでも綱吉の方を向けなかった。変わらない綱吉を見たら、泣いてしまうことが分かっていたから。 「景色いいだろ、そこ。屋上って快適だよな」 明らかに授業時間中の今、お互いサボり身ということになるんだから、綱吉は痛い所をつかれたとばかりに苦笑を漏らした。サボってるのはもだろ、と言われて反論の余地もなく、黙って頷いた。綱吉がまた笑う。「素直だな、」「だってほんとにサボってるわけだし」「…それもそうか」こんなのリボーンにばれたら怒られちゃうよ、なんて中学生の頃の綱吉じゃ言えないであろう台詞をさらりと言いのける。昔はただ怖い家庭教師との日々の争いに必死で、たくさんの友達に囲まれ、たくさんの経験をして、ダメツナだと言われていた綱吉は成長した。高校生にもなって綱吉は背も伸び、顔つきも男らしくなり、言動も立派になった。綱吉だって変わってるんだ。だけど優しい声や笑顔は昔から変わらなくて、私はそれをすごく嬉しく思う。変わらないものが、確かに近くにあることを。 「いつまで下眺めてるんだ?」 止められないんだよと言った私に対するどっかのお菓子みたいだな、と言う綱吉の言葉が不思議と面白くて、さっきのやり取り以来やっと素直に笑うことが出来た。あんなことがあっても自分はまだ笑えるのかと知ると少し自分が強くなった気がして、誇らしく思える。一つの出来事に捕われるというのはよくないことだと分かるけど、そうなってしまう気持ちはいやでも分かるから。自然に笑えるというのは大きな成長だと思う。気にしないようになるのはまだまだ先でも、その出来事のせいで笑えなくなるのはないということは、心強い。 「そこから何が見える?」 がしゃ、ともう一度フェンスの音が聞こえたので今度は条件反射で横を向いて見たら、綱吉も私と同じように下を眺めているところだった。綱吉の横顔、変わらない…と思っていたのに、綱吉の真っ直ぐな瞳がどうしてかいつもと違うように見えて、私は何も言えなくなってしまった。変わって欲しくないのに、変わってしまったら消えるだけなのに、変化が訪れないことなんてこの世になくて、私は必死に消えてしまわないようにそれを追い続ける。変わってしまえばいるべき場所もかわり、周りもかわり、また自分もかわる。その繰り返しだ。変わり続ける限り永遠に続くものが生まれることはない。誰かが、止めなくちゃ。 「俺、あのグラウンドにいる人達どっちも知ってるんだけどさ」 変わることが当然だと思われてた世界にも、変わらないものがある。綱吉は嬉しそうに眺めながら、一つずつ私にそれを教えてくれる。その度に私の中に温かい気持ちが生まれる。グラウンドで話している男女がずっと続けばいいと望むし、小学生の子は早く成長したらいいなと思う。買い物好きの人はこれからもそうあって欲しいし、不良の人達は更生できることを願うばかり。受け入れる、ということとは少し違うかもしれないけれど、目に見える全てのものを許せる気がする、そんな感じ。 「ねえ綱吉。人の気持ちも、変わらないのかな」 綱吉の気持ちが変わるものなのか変わらないものなのかはまだ私には分からない。さっきの人だって初めは私を好きだとそう言ってくれたわけだし、人間の気持ちなんてのはこの世界の中で一番と言ってもいいほど変わりやすいものなんじゃないだろうか。でも、私は綱吉を信じたいと思う。さっきの人は変わる人だったなら綱吉は変わらない人なんだと、一人一人違う世の中だから異なる人もいるのだと、そう信じたい。 屋上に吹く風は相変わらずしょっぱくて、それでも風は少しずつ収まっている。変わるものと変わらないもの。当然が崩れて、あるのはそのままの世界だ。私達はそこで生きている。
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