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どうしてこんなことになってしまったのかと言えば、十中八九彼女の所為なんだろうけれど、私にも非がなかったとは言えない。頼まれて断りきれなかったのは私だし、そこまで抵抗する気がなかったのも事実だから。他の人にすれば恐ろしいや死線を彷徨っていると言えるこの状況、私にとっては『厄介』なもの以外何でもなかった。恐怖よりも、厄介。より簡単に言えば面倒くさい、というか。 「(ああ…ほんとやっかいなことになった…)」 咬み殺されたいの?目の前の雲雀さんがそう言った時、命の危険を感じるよりも納得してしまった。…なるほど、咬み殺す…か。本当に…この人にお似合いの台詞だ。納得すると同時にもう一つ他の人とは違う感情が生まれていることに気付いた。(この人になら、殺されてもいいだなんて。)周りからすればただの自殺志願者だ。でも当然私は違う。自殺志願者でもないし、痛め付けられるのが大好きなわけでもない。毎日を平々凡々と暮らすただの中学生だ。…だった、というべきなのかもしれない。なんか、生きて帰れそうもないし。ああ、短い人生だったなあ。たった十数年生きてきただけで死んでしまうなんて。 「あれは誰のものだったか教えて、って言ってるんだよ」 それは簡潔に言ったわけじゃなくて本心をばらしただけなような気もするんだけど…これ以上揚げ足を取るなんてことをしたら確実に死んでしまうだろう。(運が良ければ骨折ぐらいで済むかも)(…これ運が良ければっていうのか?)だけど驚いてしまった。何であれが私のものじゃないって分かってるんだろう。今日いきなり行われることになった持ち物検査、高校受験を控えているというこの歳、今ひっかかれば内申に大きなダメージを与えるのはまず間違いないだろう。普段から勉強せず受験前だけ必死にやる所謂おさぼりグループの人々にとってはそれはかなりの痛手だ。そしてそういう子達は考えたんだろう。「そうだ、頭の良い子に持ってもらえば」「成績優秀なんだからバレても先生だって特に言わないはず」彼女達の立場になれば、まあ…思い付いてしまうのかもしれない。そして、ある程度成績をキープしている私も頼まれたのだ。「お願い、私、もしここで内申下げられたら絶対志望校に受かれないの。志望校、S校…ほらあのすっごい頭のいいとこだから、いけるかどうかも分からくて…。さんなら成績優秀だし先生も怒らないと思うから…お願い!!」一人で頼みに来るならともかく友達数人と一緒。ここで断れば「アイツは人の頼みも断る奴だ、勉強することしか頭にない」みたいな目で見られかねない。「…うん、いいよ」「ほんと!?」承諾すると途端にぱあっと明るい顔になって鞄からポーチを取り出す。「あのねこれ…コスメグッズなの。ビューラーとかマスカラとか入ってて…あ、もしよかったらさん使っていいよ!これとか結構お勧めだから」「………へえ、」「本当にありがとう!じゃあね!」友達と談笑しながら去って行く彼女の後ろ姿を見つめる。「よかったね、さんOKしてくれて」「だから言ったじゃん、さんは優しいって」一人の子が言った台詞に…罪悪感。優しい、だ、なんて。優しさなんかじゃない。こんなのただの自己満足だ。自分が変な風に思われるのが嫌だからっていう、予防線。その後の持ち物検査で見事引っかかった私だけど、予想外のことがおこった。それが、これ。 『持ち物検査に引っかかった物は、えー…その、風紀委員との面接になっている。あとで応接室に行くよう!』 「教えろって言われても…あれは私のですよ。ちょっと興味が湧いて買ったらたまたま持ち物検査があって」 先生すらを恐れさせる風紀委員って噂は本当だったらしい。生徒名簿のコピーって…なんか、犯罪の一歩手前な気がするんですけども。どうりであれが他の人のものだと分かるはずだ。先生の評価やなんやらも書かれてるだろうから、到底私がそういうタイプには見えないだろう。そしてその通り、私は全く興味がなかったりする。受験で忙しいこの時期に自分の美しさなんて磨いてどうするんだろうか。…だから私は嫌いなんだ、人間が。人と一緒に笑い合ってるばかりで自分を高めようとしない、低いものは低いもの同士でつるむ、何もかも他の所為にする、出来ないのはやってないからだと言い訳する、そんな連中が。うざったくてうざったくて仕方ない。 「…君は僕と同じ匂いがするんだよ」 君、"だけ"?じゃ、じゃあ先生からこっそり耳打ちされたあの言葉は?…そういえば持ち物検査に引っかかった他の人達をここに来る途中余り見ていない。反省文がどうちゃこうちゃそんな会話も…してた気がする。…それでやたら先生が私の方をちらちら見てたわけ、か。風紀委員長直々に一人だけ応接室に呼ばれたら、身を案じもするだろう。ていうか騙しやがったな、先生め。 「まあ言いたくないならそれでいいけど…それ相応の罰はあるよ」 じゃあ目を瞑って。雲雀さんの言う通りすっと目を瞑る。この人は気に入らない奴は仕込みトンファーでめった打ちにするっていうから、ひょっとしたら殴られるのかもしれないなあ。…それでも構わないかもしれない。私の頭はどうやら腐ってるみたいだから、殴られて他の子みたいになれるのならそれに越したことはない。うん、大丈夫。心の準備は出来た。さあ殴るなら来い!と構えていると雲雀さんの手が私の顎に触れた。そのままくいっと持ち上げられる。まさか顔を殴るのか、まあもとより見るに見れない顔だしいいやと腹をくくったのに…なんだろう、今日はやたらと予想外のことが起こる。(唇が、触れたのだ。)雲雀さんの唇が、私の唇に。長いキスに苦しくなり、酸素を求めて雲雀さんを押し返す。目を開けたらぎっと睨まれた。「目、瞑っとくんだ。抵抗もしないで。何でもやるって言ったのは君だろ」確かにその通りだ。下唇をぎゅっと噛み締める。またもや降ってくるキス。さっきと違うのは、口内に舌が侵入してきたこと。「っん…!」抵抗したくても出来ない、息を吸おうと思っても吸えない。酸素不足の所為か頭が少しずつぐらぐらしてきた。おかしな感覚がする。嫌なはずの口付けに、酔っているような。そんな気分に陥る。どれぐらい経ったか分からないけれど、暫くしてゆっくりと唇が離れた。なんだか糸をはっている。久しぶりの呼吸をし、ゆっくりと鼓動を落ち着かせる。(どきどき、していたらしい。)無理矢理された、はずなのに。 「今日のところはこれでお終い。またおいで、。僕はここで待ってるよ」 雲雀さんの最後の言葉と共に応接室を走り出る。鼓動は速くて、頬は熱かった。頭はくらくらしてた。またおいで、なんて。そんなこと言われて誰が行くんだろう。そう考えながらも…頭の中ではどこか、それを望む自分がいた。入ってはいけない領域だと分かっているのに、足が進みそうになってしまう。恐い、人。今まで一度も思わなかったのに、応接室から出て始めて感じた。あの人は恐い。すごく、恐い。これだけは私の予想通り、私は生きて帰れなかった。来る時とは全く違う私になってる。(ねえ、じゃあ次行ったら私はどうなっちゃうの?)
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