(どうして幸せというのは、こんなにも手に入りにくいものなのだろうか)

大切で、大切で、大切だから、どうしようもなかった。笑顔を見たら辛くて、好きだよと言われると泣き叫びたくなる。本当は笑い合いたいのに、君の前だと仏頂面。いつだって傍にいたいくせに、自分から離れていくんだ。一人きりになった僕は君がいなくなってから考える。僕は、何をやってるんだ?大切なら、好きなら、どうしなきゃいけないか分かっているくせに、見ないフリして知らんぷり。それを繰り返して、君との距離が遠くなっていることを察し、あまりに絶望的な現実に打ちひしがれたり、ほんと、馬鹿みたいだと思わないかい?

僕は、馬鹿だ。

人1人を幸せにすることも出来ない、大切な人1人を幸せにすることも出来ない。それはきっと、僕が幸せを知らないからだ。どんな気持ちを幸せだというのか、どんなことをされたら幸せだと感じるのか、何もかも分からなくて、何も出来ない。もどかしいんだ、自分が。友達と笑う君を見ると、泣きたくなる。僕も、あれぐらい、君を笑顔に出来たら。そんなこと考えるんだよ、僕。馬鹿でいいよ。腰抜けだって言われてもいいよ、愚かだと笑ってくれて構わないよ。だって、事実だ。

幸せって、何だろう。

ある生徒に対する先生の評価の書類を目で捉える。今朝、遅刻した男子生徒のものだ。担任がこうコメントしている。「勉強はあまり出来ないみたいだが、真面目な両親と人懐っこい弟に囲まれていたって幸せそうに生活している」。机の上においてある新聞の一面の端にも書いてある。「僅かな太陽の光が地平線から現れ、その姿が徐々に鮮明になっていく様子は、まるで夢のようで、私はそれを見て思うのだ。"自分はなんて幸せなんだろう"と」。また、重そうな荷物で困っていた老人を助けた人に向かって、その老人が言っていた。「貴方みたいな人がたくさん増えたら、もっともっと幸せな世の中になれるのにね」。どの考えも、僕には理解することが出来なかった。幸せそうに生活?何で担任がそんなことを決めつけるんだ。ひょっとしたら辛くて辛くてたまらないかもしれないじゃないか。人間、落ち込んでいるのがすぐに分かる程度なら傷付いてるなんて言わない。笑顔で上手く誤魔化して、楽しそうなら楽しそうなだけ本当は何を考えているか分からない。自分はなんて幸せか?たかが朝焼けで何故そんなことを実感しなきゃいけないんだ。日の出と自分の幸せと何の関係があると言いたいのだ。貴方みたいな人が増えたら幸せになれる?どこまでお手軽な幸せなんだ、それは。助けてくれた人が腹の中で何を考えているかも分からないというのに。どれもどれもくだらない。

僕は分からないんだよ。幸せというものが分からないんだよ。分からないから、幸せなんか、って馬鹿にしてしまうんだ。幸せは欲しくない。だけど、君を幸せに出来るように、幸せの意味を知りたいとは思うんだ。これは、矛盾なんかじゃない。

は寝てた。ちょっと用事があるから出かけていって応接室に戻ってきたら、主に僕が居座るソファーにそこにいるのが当然であるかのようにいるだけでなく、寝転がって、しかも、完全に寝ていた。熟睡だ。「」声をかけて髪を撫でても起きない。。ああ、なんて嬉しそうな寝顔。こんな嬉しそうに寝られるのは、君が幸せだという証拠だろう?僕も、こうやって君を笑わせてあげたいよ。ただ傍にいるだけじゃなくて、笑顔にしてあげたいよ。どうすればいいんだろう。

「…

寝ている彼女の髪を撫でながら、そっと呟く。そのまま、唇を彼女の唇に重ねた。そっと、触れるぐらいのキス。こんな優しいキス、僕はいままで彼女にしたことがあるだろうか?普段は、しゃぶりつくように、無理矢理の身体を引き寄せ、唇を重ねているけど、でも、そんなこと繰り返してちゃだめだと、そういう風に思うんだ。彼女を幸せにしてあげたいなら、優しさ、とか、思いやり、とか、今までの僕とはかけ離れた、そんな言葉を目標にしなくちゃならない。今のキスは、うまく、いっただろう?ちょっと嬉しくなって、もう一度キス。さっきより長いけど、普段してるキスと、全然違った。いつもならキスが終わった後、ふん、ってそう思うだけなのに、この、幸福感。これが幸せか?いや、違う。幸せは、もうちょっと、素敵なものだ。こんなのは幸福感でも何でもなく、ただの満足感。しかも、自己満足だ。一方的ににキスして、一方的に喜ぶ。でも、ああ、これ、だろう。優しいキスとは、こういうものを言うんだろう。少し、嬉しくなった。成長したのかもしれない、僕も。

「ん…」

僕がキスをした所為か、が身じろぎした。目が覚めたのかもしれない。それでも構わず、僕は髪を撫で続ける。起きて欲しいような気もするし、そうでない気もする。ただ、もし起きたら、僕は、大切にしよう。さっきだって、キス、上手く出来たんだ。今までとは違って、優しくすることも、出来るはずなんだから。「、起きた?」小さな声で、耳元に囁く。はまた、ん、と身じろぎした。どうやら、起きているらしい。だけど眠いみたいで、まだ目を瞑っている。「   、 」無理に起きなくて、いいんだよ。そう言おうとしたけど、僕の口から漏れたのは吐息だけだった。優しい言葉をかけるのは、まだ少し、難しい。は暫くして、うっすらと目を開けた。黒くて丸いその瞳がきょろきょろと彷徨って、やがて僕の姿を捉えた。「、おはよう」声をかける。笑顔だった、かもしれない。よく分からない。

「あ…おはよう、雲雀」

ああ!急に僕は、叫びたくなった。自分の気持ちを、どう伝えたらいいか分からない。僕はずっと幸せが分からない分からないとぐだぐだ言っていたけれど、まさか、幸せがこんな笑顔1つで説明がつくものとは思っていなかったんだ。おはようと言ったは、笑っていた。それこそ、見惚れるような、笑みだった。輝いていた。こんな、簡単なものだなんて。お手軽な幸せだと言っていたさっきまでの自分が馬鹿みたい。幸せは、すごく、身近で、お手軽なものだ。それが分かったよ。だって、君の笑顔。君の笑顔みただけで、僕、自分はなんて幸せなんだろう、って素直にそう思った。幸せの定義は人それぞれなら、この気持ちは幸せだと、断言できる。の傍にいるだけじゃ、だめだ。の傍にいて、そして、の笑顔を見られれば、僕は幸せ。お手軽だと笑うか?それでもいいだろう。だけど、そんな奴らにはきっと、幸せを手に入れることは難しいはずだ。がいてよかった。がいるから、僕はすぐに幸せを感じられる。それすらもまた幸せ。ああ、ここにも幸せがひとつ!

世界とはこんなに明るいものだったのか。窓の外を眺めて思う。笑顔の人が、愛しく思える。悲しそうな顔の人に、幸せを与えたくなる。それもまた、君と一緒なら、出来るだろうか。

が好きだ。大好きだ。髪を撫で続けながら、僕は君にキスをした。優しいキスを。



幸せを唱える。


(聞こえますか、僕はすごく、幸せです。君は、どうですか?)