いけないことだと、思いませんか。人の心を誑かしたり、弄ぶことは。私は今まで何度も、それで痛い目に遭いました。だけどああ、また今も、そうやって誑かされているのです。弄ばれているのです。

「…き、れいですよ。…思った以上に」

じーっと、先輩の顔を間近で見ます。こんなに近い距離で彼の顔を見るのは初めて…否、これからもないだろうから最初で最後の経験でしょう、きっと。にしても、こんなに綺麗ってありですか?先輩は、男、なのに。私より、はもちろんのこと、そこらにいるある程度の女の子よりよっぽど綺麗に見えます。女装などが、似合いそうです。髪の毛が長ければ、女の子で通用しそうです。ただ、先輩は目つきが少し、きついから、やはり無理かもしれません。もう少し柔らかい、優しい面影になればいけるでしょうが、先輩がそれを望むはずもないし、現実問題、諦めるしかなさそうです。でも、そうか、先輩の女装姿。もしそんなものが見られたら、私はきっと、大笑いしてしまいます。お腹が痛くなるまで、笑い転げるでしょう。ひょっとしたら泣いてしまうかもしれません。そうすると先輩は笑い続ける私に言うのです。「君、咬み殺されたいの?」と、いつものように、不機嫌そうな顔で。私はその台詞を言い放つ時の先輩が、一番輝いていると思っています。痛いのは嫌だけれど、先輩にそう言われると、どうしようもなく「はい」と、そう口から出そうになるのを止めるのが、いつも大変。誑かされて、います。弄ばれて、いるんです。

「先輩…起きてますか?」

声をかけても相変わらず反応はなくて…寝ているんですね、確かに。それが分かると、つい、ふふ、と笑ってしまう。先輩の、無防備な姿。新鮮。美麗。神々しい。当てはまる言葉なんてきっとどれだけだって思い付きます。それだけ、先輩という人間が素晴らしい証拠でしょう。そういえば、前にも、あった。気に入らない人間を咬み殺している時の先輩は、残虐や乱暴などといった言葉だけではなく、どこかに必ず、高貴な、気高いという言葉も当てはまっていたのです。不思議。先輩とは、不思議。どうしてそんなに、素敵?どんな先輩の一面を見ても、どれだけ酷い先輩の一面を見ても、やはりどこかが美しい。元のつくりが、良いのでしょうか。それとも、オーラ?理由は分からない、けれど、ああ、どこを見ても美しいなら、私はどうやったら先輩から離れられるというのでしょう。それは無理に等しい。離れることも出来ず、でも、高貴で気高いから、近付くことも、出来ない。なんて、もどかしい距離。気が狂ってしまいそう。誑かされて、いるんですね。弄ばれて、いるんですよ。

「せん、ぱい」

そっと手を伸ばして、先輩の髪に触れました。さらさら。見た目と同じ、流れるような髪。しばらく感触を楽しんでいた私も、だんだんと欲が出てきて、少し、手を下に降ろす。先輩の綺麗な、肌。頬が、透き通るように、白い。病人のようにも、見える。本当にいきなり消えてしまっても、おかしくないように見えます。ふと怖くなって、肌に触れたまま、呟く。「きょーや、 先輩」。

「…さっきから、何やってるの?

ぐいっと手を掴まれ、身体は押され、反転。気付けば背中が床に当たっています。先輩に、押し倒された。それを知ったのは先輩の後ろに、天井が見えた時。本当なら、すぐにでも気付いてもおかしくないのに、気付けなかったのはきっと、急な出来事に驚いて頭が働かなかったという、単純な理由。馬鹿らしいけど、でも、正論でしょう?

「先輩、…起きて、たんですか」
「勿論。僕は木の葉の落ちる音で目を覚ます人間だよ。君が部屋に入ってきた時点で気付いてた」
「なんで…寝てるふり、なんて」
がどんなことをするか気になってね。でも君はいつまでたっても触り続けるだけだから、飽きたよ」
「すいません、先輩。…楽しくさせられなくて」
「ああ、いいんだよ。最後の恭弥先輩、は、きいた」
「…?」
「恭弥って呼びなよ。そしたら、相手してあげる」

わあ、酷い質問。泣いてしまいそう。私を試して、いるんだ。先輩の紅い唇が、私の首に喰らい付く。少し、いつもより強く噛み付かれ、声が漏れる。普段なら、「私、急いでるので」ってそう言って帰るはずなのに、さっき、先輩の顔を間近で見てしまったから。(その綺麗な口になら、噛み付かれてもいい)(その綺麗な手になら、遊ばれてもいい)浅はかな考えでしょうか。馬鹿な、単純な考えでしょうか。でもこれだって、正論です。理屈には、かなっている。ちゃんと1+1=2には、なっているのです。手が、先輩の手が、私に触れる。

「    きょー  や   、」

先輩。そう続けようとした口は、先輩の口によって塞がれる。誑かされて、いる。弄ばれているんですよ、私は。





低俗遊戯
(下らないと思いながらも、そこから私は抜け出せないのです)