【正義とは何だ。悪とは何だ。この世界をその2つに分けることなど、出来るはずがないのに、】

雲雀恭弥は不思議な人だった。
いつも笑っているようで、それでいてどこか泣いているようにも見えて、かと思えば楽しそうで、気が付けば哀しそう。そんな、言葉では上手く表現出来ないような雰囲気を醸し出していた。ただ、陽気や、活発などという前向きな言葉とは、無縁な人だったように思う。ならば陰気なのか、と言われればそれもまた首を傾げる質問だが、とにかく、だからこそ、不思議な人だったと言えるのだ、雲雀恭弥は。矛盾が溢れている人なのに、どうしてか、その存在自体はすごく、高貴なものだった。他人には決して干渉されることのない、自分という1つの守るべきものを持っていた。私はそれがすごく羨ましく、また、妬ましくもあった。他人はおろか、この私ですらも、雲雀恭弥は受け入れたりしない。それはまごうことなき事実であり、変えようのない真実だ。それでも、足が、気が付けば雲雀恭弥の元へ行ってしまっていることはしょっちゅうだった。彼の周りに引力が作用しているかのように、本当に、意識なく、引かれる、惹かれる。私の来訪を、彼は何年も前から知っていたことのように受け止め、言うのだ。「待っていたよ」と、そう、笑いながら。今回もまた、その台詞から始まった。それが挨拶かのように、当たり前かのように。

「私は、待って、いない」
「そりゃあ、そうだろう。君は、自分から望んで来たんだから」
「だから、何回も言ってるけど、違うのよ。来たくて来てるわけじゃないの」
「じゃあ何で此処に?恋人とどこかに出かけていれば、いい話じゃないか」

率直な意見。正論に、私は苦笑する。確かに、その通りだ。恋人だってきちんといるのだから、こうやって、一人暮らしの雲雀恭弥の元へ来るのはいけないということぐらい、私にだって分かる。だけど足は、止まらない。心の内の望むがままに、行きたい場所へと勝手に行ってしまう。恋人の元へ行く時は、自分が足を動かす。それは無理矢理動かしているということになるんじゃないかと思っていた時もあったけれど、今は、違う、と断定出来る。恋人の元へ向かうのは、苦ではない。ただ、雲雀恭弥の元へ向かうことは、楽でも苦でもなく、私が真に望んでいることなのだ。その、違い。言葉にすれば簡単だけれど、実際は、凄く、大きな違いだ。確かな差が、その二つの間には、ある。

「貴方って、ほんと、意地悪ね。貴方みたいな意地悪な人、初めてだわ」
「僕も、君みたいに愚かな人、初めてだよ。
「愚かとは、言うじゃない」
「だって、そうだろう。もう来ないと言って去りながらも、君は毎回此処へやってくる」

これもまた、正論。もう隠すこともないと、ぼやく。「居心地がいいの、ここは」「…初めからそう言えばいいのに」彼はそう言って、手元にある本に目を戻す。多分今のは、此処にいてもいいという、彼なりの、合図だろう。そう勝手に解釈して、腰を落ち着ける。雲雀恭弥の読んでいる本の題名は、見覚えがあった。確か、子持ちの妻が愛人と密会し、ひたすら愛を育む物語だったと思う。読んだのが随分前なのではっきりとは覚えていないが、最後、妻は確か夫に愛人の存在がばれ、殺された。家庭内暴力も関わっている話で、果たして愛人と密会していた妻が悪なのか、乱暴に扱うくせにいざとなると嫉妬に狂う夫が悪なのか、また、全てを知りながら一歩離れて安全なところを歩いていた愛人が悪なのか。それが結局分からずに、私は悩んだ覚えがある。

「浮気、っていうのは、一体、どこからだと思う?」
「そりゃあ勿論、交わるところからだね」
「ハグは、許されるの?キスは?」
「ハグやキスって…中学生か、君は。下らない。そんなの、外国じゃ挨拶代わりじゃないか」
「外国と日本を比べちゃいけないわ。これは、日本の話よ」

なんとなく馬鹿にされたような気がして、彼に近付き詰め寄る。雲雀恭弥はなおも食い付いてくる私に呆れたのか、本を床に置くと、そのままぐいっと私の身体を乱暴に引き寄せた。唇に、いつもとは違う唇が当たる。すぐに離れて、何だこれだけかと思えば、また、キス。今度は長い。そして、深い。息が続かない、苦しい。

「これも浮気だって、君はそう言うのかい?」
「さあ。分からないから、聞いてるの」
「そうだね…これは、浮気だろう。完璧な浮気だよ、きっと」
「ちょっと、さっきと言ってることが違うわよ」
「僕の言葉1つ1つを真面目に受け取らないでくれるかな。それよりも、ねえ」

「どうせ、もう浮気をしてるんだ。僕の暇つぶしに、付き合ってくれるよね」

どうしていつもこう、同じことの繰り返しなんだろうか。循環。巡り巡る、因果。いつかこのことが恋人にばれれば、私も、小説の愛人と密会していた妻のように、殺されるだろうか。1度死んでみないと馬鹿はなおらない、なんて下らない言葉があるけれど、私のおかしさは、真剣に、1度死んでみないと、なおらないだろうと思う。死んだら、なおるだろうか、本当に。死ぬのに恐れを感じないわけではないが…ああ。もし殺されるなら、恋人に殺されたい。そして、死ぬ時は、雲雀恭弥と共に死にたいと、そう思う。





正義の定義


(そんなもの知らなくていいのだ。知る必要もなければ、存在する必要も、ない)