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見ていれば幸せだとか、そういうのはやっぱり言い訳だ。いつだってどうすれば話せるのかなあと考えてるし、気が付けば彼を見続けていると心が痛むのが分かる。見れるのは幸せだけど、見ているだけでは幸せとは言えない。私はいつも獄寺くんを見る度獄寺くんがどんな人なのか考える。学校ではぶっきらぼうでも、もしかしたらすごく優しいのかもしれない。重い荷物で困っているおばあさんを助けたりだってするかもしれない。雨に濡れる子犬を助けたりするかもしれない。そんなことは分からないのだ。だって私は獄寺くんのこと、全然知らないんだから。 いつも一緒に帰ってる友達は今日はお休み。今流行りのインフルエンザらしい。家に帰ったらお見舞いのメールでも送ろうと思い、家への道を歩きながらも頭の中でメールの本文を考え出す。書き出しは絶対に『インフルエンザらしいね、大丈夫?』からだ。そうだ、その子は山本くんのことが好きだから、今日も数学の授業中に寝ていた山本くんが先生に当てられ、またもや勘によって正解した話もしておこう。頭の中で『山本くんすっごい面白かったよ!』という文まで考え付いたところでふと立ち止まる。遠くに見える同じ制服、あのちょっとだらっとした格好、煙草………獄寺くんだ。少しどきどきして信号を渡る。獄寺くんはその次の信号を待っているから渡り終わったら横に並ぶことになる。向こうはこっちのことを知らないといっても、どうしても気にしてしまうのが人間ってものだ。 獄寺くんの横には一人のおばあさんがいた。どうやらおばあさんの荷物は重いらしく、周りをきょろきょろ見渡して誰か手伝ってくれないかと探している。そんな時若い獄寺くんに目がいったんだろう。ゆっくりと獄寺くんに近付くと、おばあさんは声をかける。「すいませんねえ。ちょっと頼みたいことがあるんだけれど…」おばあさんを見た瞬間獄寺くんの周りの雰囲気が変わった。急激に冷えきったのだ。私は一瞬鳥肌が立ち、それでも目が離せなくて二人をみつめる。 「知るか。そういうのは他の奴に頼めよ」 彼らしい、言葉だった。学校のままの彼の言葉だった。だけど何故だろうか、私には納得が出来なかった。獄寺くんが自分の想像と違う人だったから?分からないけれど、足は止まらずおばあさんをおいて信号を渡り始めてしまった獄寺くんを追いかける。「獄寺くんっ!」大きな声で叫んだら振り向いてくれたけれど、誰だこいつ、という目をされた。それでも私は止まらない。 「何でおばあさんを助けてあげないの?荷物を運んであげるだけじゃない。誰だってできることだよ」 獄寺くんが私を睨み付ける。言葉を続けようとしていたのに、獄寺くんの一言で私は固まってしまった。彼の目が、彼の声が、彼の手が、彼の全てが怖い。私の知らない…ううん、違う。私の知ってる、遠い遠い獄寺くんだ。 「急に説教とか意味わかんねーよ。善人ぶって何が楽しい?さっさと俺の前から失せろ。気分悪い」 足が動かない。獄寺くんははっと吐き捨てると背を向けて去っていく。追いかけたいのに、追いかけて「ごめん」と謝りたいのに、結局私の足が動き出したのは獄寺くんの姿が見えなくなり5分ぐらい後のことだった。さっきまで晴れていたはずの空模様が怪しくなり、ぽつぽつと雨が降り出す。早く帰らないといけない。ちょうど持ってきておいた折り畳み傘をさして家へと続く道を歩く。周りの家や景色を見ながらゆっくりと歩いている途中、住宅街の真ん中辺りで私は足を止めた。道端で傘もささずにしゃがみこんでいる、獄寺、くんだ。 くるりと踵を返して帰ろうと思った。さっきの今だ。獄寺くんが私を忘れているはずがないし、いい印象を持っているはずもない。それでも私の視線は獄寺くんの手元にある、小さな箱に止まった。まだ産まれたばかりであろう子犬が箱には入っていて、獄寺くんはそっとその子犬を抱きかかえた。雨に濡れないように、優しく。 気付けば私は歩み寄る。獄寺くんの横に立って、ただ黙って傘をさす。獄寺くんは驚いてこっちを見たけど、黙ってまた下を俯いた。ありがとうは、いつまでたっても聞こえない。 「どういうつもりだよ」 雨の音に掻き消されて分からなかったけれど、獄寺くんの笑い声が聞こえたのは、私の気のせいだろうか。少なくとも私は、笑ってしまった。全然知らない獄寺くんの一面を知れたこと。それが私の想像してた獄寺くんだったこと。全てが面白くて。 「…俺、獄寺隼人」 「さっき、悪いことをした俺を叱りつけた奴だ」 上を向いた獄寺くんの笑顔に、私はただ、泣かないように必死だった。
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