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「おいコラ。そんなとこで突っ立ってたら風邪引くぞ」 激しい雨の中1人で傘も差さずにぼーっと立っている彼女に声をかけたのは見ていて余りに痛々しかったからとかちょうど通り道に立っていたからとか理由はいくらでも思い付くけれど、正解はそのどれでもなく、ただ俺が彼女のことを好きだから、という至極単純明快な理由だった。声をかけられたことに気付いたのかこっちを向いた彼女は、俺の姿を捉えて「ごくでら、」と呟く。その言い方が本当に弱々しくて、今にも壊れそうなほど脆くて、無性に、泣きたくなった。 「何やってんだよ」 言葉を途中で終わらせざるをえなかったのは、彼女がいきなり俺の唇に自分の唇を重ねてきたから。驚いた俺は彼女の身体を軽く押し後ずさる時、傘を落とした。思っていたよりも雨は激しく、一気に身体中がびしょぬれになる。…ああ、彼女の思惑は、これか。思った通り、彼女は濡れてしまった俺を見て嬉しそうに笑う。「雨も滴るいい男に、なっちゃたね」「…お前の思惑通りにな」彼女が考えた通りになってしまったのもなんだか癇に障るが、既に傘を差しても差さなくても変わらないぐらいに俺は濡れてしまっていた。風邪、引くかもな。なんとなくそんなことを考えた。明日が休日でよかった、風邪を引いても、家でゆっくり休める。1日中寝るのも、たまにはいいかもしれない。 「で、いいだろ。濡れてやったんだし、そろそろ教えてくれても」 俺と話しながら、彼女は何が楽しいのか笑顔を浮かべながら自分の手を上に向けて雨の感触を楽しんでいた。あっちへ行ったかと思えばこっち、こっちへ行ったかと思えばあっちを繰り返し、ずっと、笑っている。暫くして俺に身体を向けた彼女は、やっぱり笑いながら、言った。「失恋したから、って言ったらどうする?」更に笑顔を深めて、彼女はこっちを見る。愉しそうに、こっちを。 その彼女の笑顔が余りに辛そうだった。雨の中1人立っていたのはきっと、涙を隠すためだと思った。だから俺は彼女を抱き締めたんだと言えば、自分が正当化される気がした。でも実際はそうじゃなく、彼女の笑顔は辛さとも哀しみともかけ離れた本当の笑顔だったし、雨の中立っていた彼女は泣いてもいなかった。だからこれは、俺の自己満足なんだろう。彼女を慰められるのは自分しかいないと、彼女は俺を必要としてくれていると、そんな勝手な思い込み。だけど見ていられなかったのは事実だった。自分の感情なんかひとつも読み取らせずただただ笑う彼女は、人形そのものだったから。もしその人形にねじを巻く人間が必要なら、俺はその人間になろう。もしその人形に操る人間が必要なら、俺はその人間になろう。泣けない彼女の代わりにせめて俺が泣こうと、そう、思った。
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