わたしの愛は本物だった。本当よ。









































































窓の外を見ても映画でよくあるような野原や綺麗な街並なんてなくて、ある程度新しい立ち並んだ家が見えるだけ。当たり前だわ、ここは日本だもの。ヨーロッパやアメリカとは違う。未だに外国の1部では袴や着物を着ていると思われてる、そんな小さな島国。お洒落じゃないし、ハイカラじゃない。日本文化を馬鹿にしてるわけじゃないけれど、ただ、外国とはやっぱり違うわ。珍しく窓を開けて風を通す。たまに窓に蜘蛛の巣がはっていたりするから、あまり開けるのは好きじゃないの。それでも、風が入ってきて髪をなびかせたりすると、胸の奥がすごく苦しくなって、その場にあるシャーペンを手に取る。ちょうど開いていたノートの1ページに書き記した。「ディーノ 」下らない。すぐにそう思い直して消しゴムで消す。ノートは真っ白。窓の外を見て、また書く。「 ディーノ」下らない。そう思っているのに手はそのまま書き進める。「 ディーノ    あいたい、」ああ、なんて、滑稽なの?わたしは。今更になって、あいたい、だなんて。別れを言い出したのは、自分なのに。自分から、彼と離れたくせに。でも、これだけは言っておきたいの。わたしは、ディーノを愛していたわ。嘘じゃないの、これはほんとよ。本当に本当に心の底から、ディーノを愛していた。わたしは嘘を吐くという行為を当たり前のようにするけれど、これは違うと、はっきり言えるわ。なんなら、この命を、捧げてもいいのよ?ねえ、そう言えば、信じてもらえる?

そうね、昔話も、たまにはいいかもしれない。彼と、ディーノと会ったのは、確か2年程前だったわ。いえ、3年前だったかもしれない。ごめんなさいね、記憶力が悪いから、詳しいことは覚えてないの。でも、話には支障がないから、いいわよね。時間軸なんてのは、大概の話には、関係ないわ。そりゃあ、戦争映画や歴史映画なら別だけど、恋愛映画には、全くといっていいほど、必要ないでしょう?それで、わたしとディーノが会ったのは、此処、日本でだった。当然よね、わたしは、日本から出たことがないもの。あの時は、少しわたしも夢が見たい年頃で、夜中、家を抜け出して、夜の街に繰り出したの。もちろん初めての行動よ。そして彼と出会った。わたしは、柄にもなく背伸びをして、大人っぽいワンピースを着ていて、彼は、スーツ。今まで見てきたどの男性よりも、すごく、似合っていた。それは彼が外国人だったからかもしれないけれど、多分そうじゃなくて、今考えると、わたし自身の見方だと思う。映画のような恋愛に憧れていたから、わたし、何もかもが綺麗に見えたの。酔っぱらった中年男性でさえ、あの時は、映画に出てくる、ちょっと頭のおかしいおじさんに見えたわ。そんなおじさんはわたしに声をかけてきた。普段のわたしなら、有り得ないことも、その時はわたし、精一杯おめかししてたから、起こりえたのね。だけどやっぱり慣れてないから、どうやって断ればいいか分からなかった。一生懸命断り方を思い出そうとしたけど、出てくるのは、絡まれて困っていたら助けに来てくれる相手役。そんな1シーン。綺麗な場面しか、出てこないわ。だから、本当に、絡まれていて困っていたら助けに来てくれるなんて、思わなかったの。ありがとうございますと頭を下げてお礼を言ったら、頭なんか下げないで欲しいと彼は言って、笑いながらわたしに手を差し出してきた。

「俺と、踊ってくれないか?

なんて素敵な、台詞。夢みたい。わたし、ステップなんか覚えてなかったけれど、ディーノが上手かったから、すぐに出来るようになったわ。自分でもびっくりするぐらい、その夜は積極的で、踊り終わった後、ディーノの頬に背伸びしてキスなんかしちゃって、照れ笑い。そうしたらディーノったら、ちゅっ、と、わたしの鼻の先に軽くキスなんかしちゃうもんだから、別の意味で、照れ笑い。2人で笑い合ったわ。お腹がよじれるくらい、楽しかった。あの夜は本当に、全てが輝いていたの。素敵な、思い出。

彼がマフィアのボスだってことも、いつかはイタリアに帰らなきゃいけないってことも、ちゃんと分かっていたわ。だけど認めたくなかったの。わたしは、真剣に運命を信じていたんだから、当然でしょう?会えば会うほどディーノへの想いが募って、どうしようもなかった。ディーノがいるから息を吸えるんじゃないかと、考えたこともあるぐらい、ディーノが大切だった。ディーノを失うのが、すごく、怖かったの。それは抱かれ終わって寝てしまったディーノの寝顔を見ている時に襲ってくることが多かった。行かないで、行かないで、欲しい。そう何度あの寝顔に祈ったことか。彼の鎖骨とか、胸板とか、指でなぞって、そしたら、涙が出て来た。怖い。ディーノがいなくなってしまうのが、怖い。消えないで。行かないで。

でも、別れって、案外すぐやってくるもので、出会って、3か月後ぐらいには、イタリアへ帰る、と告げられた。わたしは、そう、と返事をした。その後、苦しいぐらい情熱的に、抱かれた。

次の日、話がある、とディーノが言ったから、わたしはまたディーノと会った。忙しい人だから、二日連続で会うのは、初めてだったかもしれない。近くのカフェで、待ち合わせ。彼はコーヒーを頼む。わたしにはコーヒーは苦すぎたから、カフェラテを頼んだ。ミルクは多め、子供みたい。ディーノは、ゆっくりと口を開いた。1週間後に帰るんだ、向こうの俺のシマで軽い紛争が起きている、すぐにでも帰ってこいと言われてる。そんな大切なことを言われながらも、わたしは、やっぱり、そう、としか言えなかった。だって、何を言えばいいというの?行かないで、なんて言えるわけがないじゃない。彼とわたしは、違うわ。生まれも、育ちも、住む世界も、何もかもが違う。本当なら、出逢うことすらなかったのよ。ディーノは暫くコーヒーを口にして、重い口取りで、呟いた。

「なあ。イタリアに、一緒に来てくれないか?俺は、おまえと、一緒にいたい」

それは、プロポーズの言葉だったんでしょう。よくある、別れ。そして、プロポーズ。憧れの、映画の1シーン。それなのにわたしは、頷くことが出来なかったわ。かわりに、無理よ、と言った。そうでしょう?永遠の愛なんて、今時、存在しないわ。もしディーノの愛がわたしからなくなったら、わたしは、見知らぬ土地で、どうやって生きればいいの?他人のうけを狙って、街中で歌えとでも?それともおめかしして、男の人を唆して生きたらいいの?無様よ、そんなの。綺麗じゃないわ。だから断るしかなかったの。無理だと、そう言うしかなかったの。そして、それがわたしと彼が会った最後の日になった。彼が本当に1週間後に旅立ったのか、分からない。もしかしたら、次の日には発っていたかもしれない。もう、確かめようもないわ。

未だにわたしはコーヒーを飲むことが出来ないの。やっぱりカフェラテを、ミルク多めで飲む。でも最近は、コーヒーを飲む努力も始めてるのよ?苦くて、1口2口で止めてしまうけれど。

ねえ、もしコーヒーをちゃんと飲めるようになったら、もっと器用に生きれるかしら、わたし。あの時のディーノの誘いに、今までで1番綺麗な笑みを作って、ゆっくりと頷く。そんな動作も、することが出来るかしら。イタリアを、この前本で見たわ。すごく綺麗で、ディーノにぴったりだと、そう思った。わたしにはまだ早いと、そうも思った。だからもう少し頑張るわ。もう少し頑張って、大人っぽいワンピースも似合うそんな女性になれたら、イタリアに行きたい。イタリアに行って、そうね、とにかく素敵な場所を巡りたいわ。ディーノも行ったであろう場所を見て、そこでディーノが何を感じたか、考えてみたい。イタリアのカフェで1人でコーヒーを飲む。素敵ね。まずはそう、コーヒーを飲めるようにならなきゃね。

ページに書いた文字は消さずにノートを閉じ、窓を閉めた。風が止んだ。


lonely princess who requests freedom
(自由を求める独りぼっちの王女)(わたしはそれにすらもなれないわ。だって、わたしは王女じゃないし、既にもう自由だもの)